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ネパール

エベレスト標高は8848.86メートルに、ネパールと中国、別々の計測なのに合同発表

1: すらいむ ★ 2020/12/09(水) 10:27:28.49 ID:CAP_USER

エベレスト標高は8848.86メートルに、ネパールと中国、別々の計測なのに合同発表なぜ?

■最新数値が立証されるまでナショジオは「8850メートル」

 世界最高峰エベレストの標高を再計測していたネパールと中国政府は12月8日、最新の標高を8848.86メートルと発表した。
 ネパール政府がこれまで公認してきた高さよりも86センチ高い数字だ。

 両国の政府は、エベレストの正確な高さをめぐる議論に終止符を打つため、それぞれが数年がかりで測量事業を進めてきた。
 16年ぶりの本格的な測量とあって、地理学の世界でも関心が高く、2015年に発生したマグニチュード7.8の地震が山の高さにどう影響するかを分析する科学者らも、結果発表を待ちわびていた。

 2019年春、少人数から成るネパールの測量チームと山岳ガイドが、厳しい寒さのなか夜間登山を敢行し、現地時間午前3時にエベレスト山頂へ到達した。
 この時間であれば、他の登山者に邪魔されることなく測量ができるためだ。

 「私たちは、自分たちの持てる資源と技術的人材を使って何かを成し遂げられるのだということを伝えたいです」
 チームの最高測量責任者キムラル・ガウタム氏は昨年、ナショナル ジオグラフィックに対しそう語っていた。

(以下略、続きはソースでご確認下さい)

ナショナル ジオグラフィック日本版 12/9(水) 9:57
https://news.yahoo.co.jp/articles/868e618d8cd1fdbeb390b18aeaf67038551cb41b



引用元: http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/scienceplus/1607477248/続きを読む

ブッダの謎に考古学で挑む、最古の仏教寺院発掘で解明に光 謎に包まれたその生涯や生没年、世界遺産の生誕地ルンビニを調査

1: 樽悶 ★ 2020/10/15(木) 23:38:44.11 ID:KIF5RPVU9

 その昔、現在のネパールにあったカピラバストゥ(カピラ城)に住む裕福な王子が、別の生き方を模索するため、家族と富を捨てて出家した。ゴータマ・シッダールタ(釈迦)という名の彼は、修行の末に「ブッダ(仏陀)」つまり「悟った人」となり、その教えは現在5億人の信者を擁する宗教の基礎となっている。

 宗教学者のカレン・アームストロング氏は、2001年に出版したブッダの伝記の中で、「仏教徒の中には『ゴータマ・シッダールタの伝記を書くなんて、とても非仏教的なことだ』と言う人もいるだろう」と書いている。

 というのも生前のブッダは、人々に教えを広めようとはしたが、自身に全てをささげる信徒は望まなかったからだ。おかげで歴史家たちは苦労することになった。仏教に関する宗教的な文献は豊富にあっても、彼の個人的な生涯については、生没年を含め、はっきりしている事実はほとんどない。

 そこで学者たちは、ブッダの生涯の全容を解明するために考古学に目を向け、信仰の聖地を調査している。シッダールタが生まれたとされるネパールのルンビニは、ユネスコの世界遺産に登録されており、この20年間の発掘調査により、世界最古の仏教寺院などの驚くべき発見があった。

 これらの発見は、初期仏教の発展と、紀元前3世紀インドのアショーカ王が仏教の普及に果たした役割について、多くの事実を明らかにした。また、シッダールタがいつ生まれ、いつ活動し、いつ死んだのかにまつわる重要な情報も含まれている。

釈迦から仏陀へ

 現在では仏教徒は世界中にいるが、なかでも中国、タイ、日本を中心とする東アジアに多い。仏教が世界各地に広まる過程で、信仰の解釈や中心的な教典を異にする様々な宗派に分かれた。

 仏典によると、シッダールタは、インド北東部を支配していたシャーキャ(釈迦)族の王、シュッドーダナ(浄飯王=じょうぼんおう)と、その妃であるマーヤー(摩耶)夫人の間に生まれた。世の悪しきものから息子を守ろうとした父は、シッダールタを痛みや苦しみに触れさせまいと、カピラバストゥの王宮から出さずに大切に育てた。

 29歳になり、結婚して息子もいたシッダールタだったが、王宮での贅沢(ぜいたく)な暮らしにうんざりしていた。冒険心から外の世界へ出てみたところ、生まれて初めて病人と老人と死者を見かけた。過酷な人生の現実に衝撃を受けた彼は、快適な暮らしも家族も捨て、人間の苦しみを終わらせるための知恵を求めて旅立った。やがて今日のインド北東部、ブッダガヤの菩提樹(インドボダイジュ)の下で瞑想をしていたとき、ついに答えを見つけた。悟りを開き、ブッダとなったのだ。

 学者たちは、彼がその後、人々に教えを説き、サンガ(僧伽=そうぎゃ)と呼ばれるようになる出家者集団をもつようになったと考えている。ブッダは、悟りを開くために世俗に背を向け、執着を捨てることを説いた。

 仏教では一般に、大半の人は輪廻(りんね)する、つまり死と再生を無限に繰り返しているとされ、この苦しみから解放されるためには悟りを開いて輪廻から解脱しなければならないと教えられている。

 初期の仏典には、ブッダの生涯について共通の物語が記されているが、その時期についてはばらつきがあり、紀元前2500年頃とするものもあれば、紀元前3世紀末とするものもある。

 ブッダの死後、その教えは徐々に発展して新しい独自の宗教となり、熱心な信者によってアジア各地に広められた。だが当時の北インドでは、知的で宗教的な雰囲気のなかで多くの小さな宗教が生まれており、初期の仏教もその1つに過ぎなかったと考えられている。

アショーカ王の登場

 紀元前3世紀になると、この新しい宗教を急成長させることになる偉大な王が権力を握る。その名はアショーカ、古代インドのパータリプトラ(現在のパトナ)を首都とするマウリヤ朝の創始者チャンドラグプタ王の孫だ。マウリヤ朝は、マケドニアのアレクサンドロス大王が紀元前323年に死去した後の権力の空白を利用して、北インド全域に支配を広げていた。

 紀元前265年頃に即位したアショーカ王は、さらなる領土を求めて近隣諸国を征服し続けた。ところが即位から8年目に、彼の精神を大きく変える経験をした。

 彼自身の告白によると、それは隣国カリンガを征服した後に起きたという。自分が起こした戦争によって人々が苦しむ姿を目にして激しく後悔し、暴力を放棄して仏教に帰依したのだ。(続きはソース)

10/12(月) 7:13配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20201012-00010000-nknatiogeo-sctch
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引用元: http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1602772724/続きを読む
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