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弥生

日本人の遺伝子を「47都道府県レベル」で初めて解析、四国・近畿がもっとも渡来人の遺伝子に近かった

1: 樽悶 ★ 2020/10/20(火) 22:45:15.60 ID:PincuYiL9

47都道府県と中国・北京の漢民族を対象とした「クラスター分析」
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今日の日本人は、1万年以上前から日本にいた「縄文人」と、3~7世紀に移住してきた「渡来人」との混血した子孫と言われています。

これまでに、日本を7地域に分けて遺伝的な違いと調べた研究がありますが、中国・四国地方は含まれておらず、日本人の正確な遺伝的構造が分かっていませんでした。

そこで東京大学大学院 理学系研究科は、日本人の遺伝的構造を47都道府県レベルで分析し、その詳細を初めて明らかにしました。

10月14日付けで『Journal of Human Genetics』に掲載された報告では、朝鮮半島に地理的に近い九州北部より、四国・近畿地方に渡来人の遺伝子が強く見られたと述べられています。

■関東と中部地方は遺伝的に近縁ではない?

研究チームは、ゲノム解析サービス・HealthData Labから約1万1000名のSNP遺伝子型データを用いて、日本人の遺伝的集団構造を調べました。

SNP遺伝子とは、ヒトDNAの塩基配列(A/T/G/C)に0.1%ほどの違いがある中で、1つの塩基の違いによるもの(一塩基多型、SNP)のことを指します。

その中でまず、日本人の遺伝子は、「琉球人(沖縄県)」と「本土人(他の46都道府県)」にはっきりと分かれることが確認されました。

遺伝子クラスターは大きく3つに分けられる
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次に、47都道府県から50名ずつランダムに選んでSNP遺伝子を調べ、そこに「中国・北京の漢民族」も含めたクラスター分析を行っています。

その結果、日本人のクラスターは、「沖縄地方」「東北・北海道地方」「近畿・四国地方」「九州・中国地方」の4つに大別されました。また、関東と中部の各県については1つのクラスターに収まらなかったようです。

これは、関東と中部地方が遺伝的に近縁ではなく、2つをまとめた遺伝子集団の研究は適切でないことを意味します。

■九州北部より「四国・近畿」の方が”渡来人”に近いことが判明

さらに、47都道府県を対象に主成分分析を行いました。

主成分分析とは、データの指標(次元)が多すぎる場合に、わかりやすく全体を1~3次元にまとめるデータ解析法のひとつです(詳しくはこちらから)。

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その結果、第1主成分は、沖縄県と46都道府県との遺伝的距離を反映していました。

図を見ると、沖縄県と遺伝的な最も近いのは鹿児島県で、次いで九州と東北も近く、最も遠いのは四国と近畿でした。また、四国・近畿地方は、地理的に近い九州北部よりも、中国・北京の漢民族と遺伝的に近縁であることが判明しています。

それから、第2主成分は、各都道府県の緯度・経度と強く関係していました。

主成分分析の結果
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この結果は、「縄文人と渡来人の混血の程度」と「地理的位置関係」が、本土人の遺伝的な地域差を形づくっている原因であることを示します。

従来は、本土人のDNAの8割は渡来人由来とされていますが、四国・近畿地方では、もっと多くの渡来人が流入していたのかもしれません。

このデータを応用すれば、日本列島における縄文人と渡来人の混血の歴史がより詳しく理解できると期待されています。(大石航樹)

2020/10/16(金)
https://nazology.net/archives/71445



引用元: http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1603201515/続きを読む

縄文人DNAは現代日本人のうち10% 初の全ゲノム解読

1: ガーディス ★ 2019/05/13(月) 23:12:08.69 ID:/L6KtsQc9

 現代の日本人は祖先の縄文人が持っていたDNAの約10%を受け継いでいるとする研究結果を、国立科学博物館のチームが13日発表した。縄文人のゲノム(全遺伝情報)はこれまで部分的に解析できていたが、初めて解読した全ゲノムに基づいて分析した。

 日本列島には朝鮮半島から3千年前に弥生人が渡来し、縄文人と混血したとみられている。現代人が受け継いだ「縄文人ゲノム」の割合は、北海道に住むアイヌ民族と沖縄に住む人で高かった。チームは「日本人の複雑な起源を知る手掛かりになりそうだ」としている。

http://news.livedoor.com/lite/article_detail/16453312/



引用元:http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1557756728/l
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「初期農耕集団が京都盆地でも定着」 弥生期の大規模集落跡 京都、社会変遷たどる手掛かりに

1: 樽悶 ★ 2018/07/27(金) 06:23:11.35 ID:CAP_USER9

水田跡で確認された弥生人の足跡(26日午後2時41分、京都市下京区醒ケ井通松原下ル)
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 京都市埋蔵文化財研究所は、下京区醒ケ井通松原下ルの元醒泉小で、弥生時代中期初頭(紀元前4~3世紀)の大規模な集落跡が見つかったと発表した。水田や建物の跡、石器や管玉などの出土品もまとまって発見され、近畿北部の弥生社会の変遷や実態を解明する手掛かりになるという。

 小学校整備に伴い弥生~飛鳥時代の「烏丸綾小路遺跡」の南西部約2900平方メートルを調べた。

 水田は、調査地東側にかつて流れた鴨川支流の汚泥がたまったところに東西5メートル、南北12メートルで見つかり、人の足跡のほか、土壌中に稲のもみ殻約200粒があった。京都大吉田南キャンパス(左京区)で見つかった弥生前期の水田に次いで市内で2番目に古い時期になる。近くに約10棟の竪穴建物跡もあった。

 稲作に使った石包丁や、武器に用いる石のやじりといった石器、千点以上の壷(つぼ)や甕(かめ)などの土器、管玉も出土した。

 市中心部では平安京建都以降、開発が繰り返されたため、古い遺構や遺物は壊れていることが多い。集落の人は北側の四条通周辺に移った後、ここを埋葬地に使うなど土地利用の変遷も分かるという。

 関西大大学院の森岡秀人非常勤講師(考古学)は「稲作を始めた弥生前期から中期にかけ、近畿では集落が農耕適地を求めて移動するケースが多く、調査により初期農耕集団が京都盆地でも定着していたことが鮮明になった。弥生中期初頭の出土品がまとまって得られた意義も大きく、近畿北部の弥生文化や社会の実態を研究する上で貴重な成果だ」とする。

 現地説明会は28日午前10時~11時半。当日の問い合わせは現地事務所。

京都新聞 2018年07月27日 06時00分
https://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20180726000170



引用元:http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1532640191/続きを読む
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